2007年02月19日

公は私の公約数であるからして

公文書は恣意的に読ませないという点で公正であろうとしますが、その意図するところが公平であるとは限りません。そこを理解しておかないと一文一語のもつ重みを見逃してしまいかねません。書く書かないの選択や論理展開の妥当性は記述をおうだけでは見えてこないものだからです。
この感覚はなかなか説明しづらいのですが、松浦晋也氏のブログに良い説明があったので紹介しておきます。(抜粋だけではわかりません。原文をあたってください)

 今回のことで気がついたのだが――ネットの言論では、「ソース」が重要だとされる。主張の根拠を示せというわけだ。

 ところが、ソースそのものは、「ソースの読み方」は教えてくれない。従って読み方は「常識」によることになる。

 それは、今までにない言論の場を作り出したわけだが、今回の官僚文書のように、常識とは全く異なる読み方を必要とする「ソース」にぶつかると、途端に「誤読」を起こしてしまうことになる。

 私としては、最低でも日本の官公庁が発行する公文書については、その読み方がネットの常識となればいいと思う。

公文書を読む

それにしても「パブリックコメント募集」なんてどれぐらいの人が知っているのでしょうか。ぼくは仕事で関係するまでまったく知りませんでした。ぼくの意識が低すぎるだけ? そういうことなら安心して眠れるってもんなのですが...。

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posted by galeki at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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